その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「久しぶり、羊元未織(みおり)。武器提供者である君を、放っておくわけにいかなくなっちゃったんだよ」
不敵に柳崎が笑う。人がいいとはお世辞にも言えない表情で、現実世界の俺の周りでは、あまり見なかった顔だ。結果、その表情を「不敵」と感じることができたのは、きっと漫画のおかげだろう。漫画家の表現力の凄さを意外なところで思い知る。
真っ白な服に緑の黒髪をたなびかせる柳崎を観察する。俺も観察癖が映ったようだ。この状況ではじろじろ見ても問題ないだろう。白の衣装は軍服のようで、しかし彼女が来ているとマーチングの指揮者のようだ。そう言う意味でかっこよさがある。襟とベルトだけが黒くて目立つ。よく見れば純白の上着に対して、スカートはオフホワイトのようだ。何のこだわりだよ、この微妙な色の違い。それから・・・
やっぱり持っていた。フェンシングで使うような剣だ。あれが武器だろうか?見ているだけで腕が痛くなるくらい、先が鋭利な光を放っている。
羊元は挿しっぱなしだった編み棒を掴むと、せっかく編んでいた毛糸を抜いた。あれって、一度抜いても戻るものなのか?
「また完成しなかったよ。毛糸のマフラーがほしいのにさぁ」
やっぱり戻らないんだ・・・。ってか、あの幅でマフラー?ただでさえ身長に見合った首の長さで余りそうなのに、あれより長くするつもりだったこと自体も気がかりだよ、俺的に!
黄色の空に紫の雲が増えてきた。俺みたいな馬鹿にでも、不穏な空気が流れていることが解る。雷は嫌いだから、ぜひとも鳴らないでほしいと、場にそぐわない願いもしてみた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷