その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
ずっと同じ問答を繰り返していると、今まで黙っていた宝亀が俺の手元をのぞきこんできた。財布の中を見られることに当然ながら免疫がないので、ちょっとびっくりする。千円札を一枚ぬくと、それを空に透かした。黄色の太陽でも、きちんと透かしって見えるんだな。
空を見たままの恰好で、宝亀が尋ねてきた。
「これは何だ?」
「え、金だけど・・・?」
「そうか、これが金か・・・」
・・・忘れてた。この世界では物々交換が主流。金は必要ないと、ここに来る前に教えてもらったじゃないか。自分の記憶力の低さに涙が出てくる。俺何回泣けばいいの?もう五回は潤んでるよ?
宝亀から千円札を返してもらい、それを財布にしまう。羊元は眉間にしわを寄せて俺たちを見た。
「ただの紙じゃない。そんなのと交換なんかしないわよ」
やっぱりだめか。この世界では物々交換が主流なんだもんな。確かに武器と紙切れじゃ割に合わないだろう。とはいえ、武器なんて大層なものと交換してもらえるようなものなんて、持ってないし・・・。どうしようと思っていると、声がかかった。でもそれは、鷲尾の飄々とした声でも、待ちきれなくなった羊元の声でも、財布の中身にまだ興味を持っている宝亀の声でもなかった。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷