その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
俺がいろいろ考え事していると、鷲尾が彼女に話しかけた。
「よう、羊元」
「あら、久しぶり」
顔も向けずに黙々と作業を進めている。愛想がないのか、失礼なのか。・・・どっちも似たようなものか。眉間にしわを寄せるのとほぼ同時に、いきなり彼女が顔をあげた。
「って、鷲尾?」
「おう。忘れたか?」
驚きと合わせたような笑顔で、鷲尾は手をひらひらと動かす。すると彼女は編み棒を地面に突き刺して立ち上がった。推測していたより、ちょっと小さい。小柄、というべきか。年齢も俺より少し下に見える。こいつが羊元?
感心するように歩いてきた彼女は、鷲尾の体を触る。女子って、そんな簡単に男の体に触れるもの?そして触られている鷲尾もなぜそんな平然としてんだよっ!
どぎまぎした気持ちで宝亀だの鷲尾だの羊元だのを見比べていると、不意に羊元がこぼした。
「本物だね・・・」
偽物だと思ってたのか。
思考回路が解らない。女子ってこんなこと思うわけ?思わないよな、普通。
すると初めて羊元が視線をこちらに向けた。ずんずんと歩いてくる。え?俺?何言われんの?あんたの思考回路についていける自信も何もないよ?
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷