その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
頑固な門番
門への道のりは思っていたよりもずっと遠くて、なるほど確かに一人で行くのは大変だった。途中で何度か紫色を見たし、ときどきどんどんと大きな音がすることもあった。それに何より、そんな中一人でいるのは精神状態に異常が出るのは確実だろう。一人がダメだとか、話すのが大好きとか、そんなことはない俺だって、耐えられる自信はない。
「お」と鷲尾が声をあげたので、俺も顔を上げる。足元を見て歩いていたのは、決して気持ちが鬱屈していたわけではなく、木の根が地上に這い出してきていて、足元が危ないったらないのだ。前を向いてひょいひょい歩いている鷲尾に、つい尊敬を抱く。
「出た出た」
鷲尾に続いて森を抜けると、遠くからでもはっきりと巨大に見えたあの扉が、眼前に立ちはだかっていた。裏面を見てなくても、巨大な「石板」がそびえ立っているのだと解る。勇壮で、厳格で、偉大さもしっかり伝わるのに、風や地震で倒れないんだろうかとか貧相な発想しかできないのが悲しい。ほんと俺って・・・
ふと、扉の近くに目を向けると、誰かが立っているのが解った。
「よお、鍵守」
鷲尾の軽い挨拶に、彼女は顔だけゆるりと動かした。
「何か用?」
挨拶の返事は無しかよ。顔は女優と言うよりアイドルよりの可愛い顔でも、こういう不躾な女子は嫌いだ。・・・不躾の使い方違うかな?
彼女の半開きの目が、俺を捕えるとぱっと五秒ほど見開かれた。それから鷲尾の隣を素通りして、俺の前まで歩いてくる。少なくとも俺の持つパーソナル・スペースにグイと入った距離から、じっと見つめてきた。紫色の大きな瞳が、俺の瞳孔を長い時間捕える。この世界の人たちは男女の距離を何だと思ってるんだよ。
距離を少しも話さずに、彼女は桜色の唇を開いた。
「なるほど、アリスが来ていたのね」
感情の感じない、抑揚のない話し方だった。機械的っていうのかな。漫画とかアニメとかだとときめくような要素かもしれないけど、面と向かって言われると、薄気味悪さしか感じない。あれにときめける主人公、すげぇな。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷