その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「地面から生えてるか、木から生えてるか?」
「木だって地面から生えてるじゃん」
そう二人に同時に返されてしまった。あんたら、そういうのこっちじゃ「揚げ足取り」っていうんだからな。
俺が不機嫌になっているのにも気付かず、宝亀が次を急かしてきた。
「で、他には何が違う?地面か?空か?雲か?」
全部です。ただそれだけ答えたら、きっとまたいろいろ質問されるんだろう。そうわかって、ただそれだけ答える俺じゃない。俺だってバカだけど、バカなんだけど、自分で言うのと言われるのじゃ全然違う。
だからまとめ下手なりに、ただただ乱列してみた。
「空は黄色じゃなくて青くて・・・、木は・・・木の幹とかは白じゃなくて茶色いし・・・、雲も紫じゃなくて白くて・・・、あと・・・」
俺が詰まると気になったのか、宝亀が続ける。目が心なしかキラキラしているように見えた。組まれていた腕も、いつの間にはほどかれている。
「地面は?」
「ここは何色だっけ」
「黒」と、鷲尾が即答した。思っていたのと違う方から来たもんだから、結構びっくりした。飄々とした顔をしているが、意外と関心を持っていたらしい。
「なら違う色だな。こっちじゃ茶色だ」
他にもいろいろ違うものがありそうだけど、いま思いつくのはそのくらいだ。
宝亀は目を輝かせて、俺の言った色の違いを復唱する。女性らしく、両手で頬を包みこんでいるのも、少し印象的だった。なんていうか・・・、「恍惚」ってこういうのを言うのか?対して俺が言った色で、世界をイメージしてみたのだろう。鷲尾は眉間にしわを寄せて、「うえっ」とえづいた。
「気持ち悪ぅ・・・」
青褪めた顔をしているが、俺に言わせりゃこっちの世界の方が気持ち悪い。ついと空に目を向けると、やっぱりそこにあるのは黄色の空で、慣れないなと顔をしかめた。
不意に、鷲尾が思い出した。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷