その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「で、何をすれば、帰り方を教えてもらえるんだ?」
労力関係であれ、労力関係であれ、労力関係であれ!
願いながらの質問だった。しかし宝亀は、拍子抜けするほどけろりと答えた。
「なに、簡単な話だ」
そんなに簡単そうに言われたら、多くの人は逆に構えるだろう。まあ、俺が普通であればという前提だけど。
「ただお前の世界の事を教えてくれればいい」
・・・それだけ?
本当に簡単な話だった。だってこっちが教えてもらう情報は、並大抵の人では知り得ないようなもんだ。事実、鷲尾は知らなかったし。それなのに、俺から提供する話が、そんな当然な話でいいの?
待てよ。契約社会を舐めてはならない。若造が何言ってんだって言われたら、そりゃ俺だってそう思う。でも、若造だって若造なりにいろいろイメージってのがある。
で、俺が契約社会に持つイメージっていうのは、完全に裏社会みたいな感じ。借金の保証人のイメージ。契約が絶対なんて、怖い以外にないじゃんか!
「・・・求められる情報による」
「そうだな・・・。じゃあ、お前がこの世界に来て驚いたことを教えてくれればいい」
簡単な話には裏がある。定石だ。
「なんでそんな条件なんだ?」と聞けば、
「今回のアリスはずいぶんと警戒心の高い奴だな」と笑われた。いいじゃねぇの。知らん世界を無防備に歩くよか、「ビバ・警戒心!」だ、「警戒心万歳!」だ!
腹を抱えて「クックッ」と笑う宝亀を見て、隣にいた鷲尾が「かなり貴重な光景だぞ」とこっそりと呟いた。今までの口調とかから少しは想像できていたけど、やっぱりそういうやつなんだ、宝亀って。
そんなに笑うほどでもない話題で大笑した彼女は、いきなりスイッチが切り代わる。
「私はね、知識がほしいんだ」
学者肌。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。もし意味が間違っていたら格好悪いな。
「そして、新しいことを成し遂げたい」
それも学者肌って言葉でいいのか?なんか生粋っぽい。
宝亀はくるりと回転し、俺たちに背中を向けた。そのまま雑草の波に向けて手を広げる。おお、素でこんなことしてるなら、それはそれですげぇ!
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷