その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「ちょ・・・ッ!うそだろ!」
彼女が入っていったのは、コスプレうんぬん以前に女子高生が入りそうにない場所、道祖神を祭っている簡素な神社だった。どのくらい簡素かと言うと、近所の一般的な大きさの神社の神主が、遠征して掃除に来てくれている状態なほど放置されている神社だ。雑草もぼうぼうに生えていて、春でも花なんて咲いているところを見たことがない。鳥居もなく、社(やしろ)も埋もれていて見えない。ただ道祖神の石像と、その真後ろに大きな神木だけが目立っていた。
何の抵抗もなく、もう少し段数を増やすべきじゃないかと思うほど段差のある階段を彼女は上っていく。追いかけなければと思いながらも、男の俺でもそこに入るのをためらってしまった。そして入りたくない一心で階段下から呼びかける。
「そこのあんた!ちょっと待て」
結構な大声だったのに、彼女は平然と無視をする。いらっとしながら俺は彼女に怒鳴った。
「おい!落し物したろ、時計!」
近くで丸まっていた猫が、飛び起きてこっちを見た。そのままピャッと走り去る。もう青色はほとんど残っていない空に溶け込むように、彼女は階段を上がっていく。
俺は彼女の失礼さに憤慨しながら、彼女を追いかける。
というか、なんで俺はここまでしなきゃいけないんだ。彼女が時計を落としたのは、俺が間接的にかかわっていると言っても自己責任の範囲内だし、俺のせいだとしても俺が追いかけ続けなければならない理由はない。もうここで彼女を追うのをやめてもいいのだが。
――もしかしたら、彼女は耳が聞こえないのかもしれない。
そう思うとまた投げ出せなくなって、俺は悔しさで手を握りしめる。こういうときに投げ出せないくそ真面目さは自分でも嫌いだ。テストの時はいくらでも今回みたいに投げだせるのに、こういう本当にどうでもいいことに限って投げ出せない。
だって、こんなに大切に使われているんだ。彼女にとっては大切なものかもしれないじゃないか。俺にはただの古風な懐中時計だとしても、彼女にとっては親の形見かもしれない。俺の両親は今でも二人で旅行に行くぐらい、むかつくほど健康的だからその心情は測れない。
「俺って、なんでこうなんだろう・・・」
思わずそうつぶやくと、無意識にため息がこぼれた。俺はあふれ出る不安を振り払うように首を振ると、神社の階段をのぼりはじめた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷