その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
鷲尾との契約は、たしか「亀まがいのところまで連れて行く」のはずだ。そしてこの世界は「完全契約社会」。俺は亀まがいから情報を得るためには、代わりに何かを提供しなければならないということになる。鷲尾の時も困ったけど、あの時は「してほしいこと」が明確で、彼にも「困ったこと」があったからよかった。
でも、宝亀はどうだ?こんなところで何をしていたのかは知らないけど、見ても困っているようには見えない。しかも相手は頭がいいと聞く。俺みたいなバカにできるような条件ならいいけど、勉強チックなものは一切できないぞ!いや、運動神経だってお世辞にもいいとは言えないから、走る以外の条件もきついかも・・・。
頭の中でぐるぐると困惑が回る中、鷲尾が俺を紹介した。
「宝亀、聞いて驚け!こいつが今回のアリスだ」
・・・今回の?
俺が質問する前に、宝亀が感嘆の声を上げた。それからグイと顔を近付けて、俺を見てくる。こんなに近くまで女の人の顔が近付いてきたことなんてないもんだから、俺はつい目をそむけた。宝亀もあの懐中時計の女の子に負けないくらい、美人なのだ。すこしきつい印象を与えるタイプだけど、モデルみたいにホントに綺麗な面立ちをしてるし。質問とかも、もうぶっ飛ぶし。
「それは興味深い。私の持つ知識の中でも、まだまだアリスに関しては情報不足も否めないしな」
何だろう。今のセリフでなぜか気持ちがクールダウンした。なんか、男と話してるみたいだ・・・。
ぱっと距離を開けた宝亀は、また鷲尾の方に振り返った。
「アリスに会えたのは、確かに光栄だ。だが、まだ私の質問に答えてないぞ?」
「なんだっけ?」
「貴様がこのためだけに、私を呼びだすというデメリットは負わんだろう。とすれば、他に用があると考えるのが当然だ」
「・・・なんか、相変わらず堅っ苦しいなぁ」
友達だというものの、思っていたよりも仲がいいわけではないらしい。
大きくため息をついた鷲尾は、手を当ててかったるそうに首を回した。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷