その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「ここだ。ここに亀まがいがいるはずだ」
鷲尾の脇から覗き込む。「亀まがい」とかいうから、てっきり海にいるのかと思っていた。けれどもそれは違ったようだ。目の前には真っ赤な草原が広がっていた。俺がメイド服に追いかけられて転がり込んだ草原よりも、ずっと伸び放題になっている。そう考えるとちょっと海っぽいかも。色が色だけど・・・。
「で、亀まがいは何処に?」
「さあ?」
そうだった。こいつは「ここにいる」程度までしか解らないんだった。
でも、ここはあまりにも広すぎる。あんま日常生活じゃ使わないけど、「広大」ってこういう光景をきっと言うんだろうな、うん。だいたい育ちすぎとは言っても、普通に立っていれば人が埋もれることはない。平均身長程度の俺の、ウエスト丈ってところだ。背筋がピンとしていて、シュッとした葉っぱが生えている。葦とか、稲とか、そういう系統なのかな?猫じゃらしっぽくもある。
ガサガサと草をかき分けてみる。やっぱり奥までぎっしりで、同じ植物が茂っていた。がっかりする俺を見て、鷲尾が後ろから疑問を投げかけてくる。
「・・・何してんの?」
「何って、捜してんだろ」
正直、いくら立派に長く成長している草とはいえ、この長さに埋もれるなんて考えにくいけど。鷲尾の友達が小学生ってこともないと思う。この世界ならちっさいおじさんが「亀まがいじゃ」とかいって出てきても、可笑しくない気もする。
「いやいや、そんなんしても見つかんねぇって。危ないだけだからやめなさい」
鷲尾が肩をグイと引っ張った拍子に、ピッと思ったより鋭い葉っぱで手を切った。
「いって!」
「ほら、言わんこっちゃない」
あんたのせいだろ!
そう言えたら、心がすっきりしたんだろうか?
結局言えなかったので、あきらめて少し血のにじむ部分に手を当てた。少しかゆい気もする。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷