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その穴の奥、鏡の向こうに・穴編

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「トランプっていうのは、赤に仕えてる一般兵の総称だ」
 さらなる説明を要求したが、鷲尾は珍しく断った。彼曰く、亀まがいの方がその手の説明に長けている、とか。鷲尾はすっと立つと、何事もなかったかのように俺をまた案内し始める。
 公爵夫人の家に侵入したときに解った。でもやっぱり、信じたくなかったんだ。たとえば公爵サマが武器を集める趣味があるとか、逆に武器の売買を生計の足しにしてるとか、そんな逃げ道はいくらでもある気がしてた。
 でも、ここでは確かに戦争が行われていた。何のためにやっているのかとか、そこに正義があるのかとか、そんなことは知らない。俺にとっては、人を平気で傷つけているこの世界の人たちが怖かった。
 正直、今目の前を歩いている鷲尾すら怪しく思えた。こいつだって、きっと何人もの相手を傷つけてるに違いない。そう思うと、何となく開いてしまった鷲尾との距離を、全く埋めることができなかった。
 それでも鷲尾は気にすることなく話しかけてきた。それでも水色にときどきぶつかる茶色を見るくらいで、俺がそれに答えることはない。当然鷲尾の言葉も減っていって、深緑に侵食される空のように、空気はどんどん重たくなっていった。
「アリス、今日はもう無理だ。一応休憩しよう」
 鷲尾がそう声をかけてきたとき、空はもう綺麗な深緑だった。異様なほど真っ赤な月が、燦々と輝いている。疲労で恐怖心も忘れ、空を見て思わずこぼした。