その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
鷲尾の能力は、いわば「勘が優れている」というのがふさわしいようなものだった。鷲尾が実際顔を合わせたことのある人物であれば、その人のもとに行けるのだ。とはいえそれは例えばその人の居住空間だったりするわけで、日本でいえば「何とか公園」にいると言うところまでが解るのだそうだ。だから「何とか公園」の何処にいるかまでは解らないという。そんなんで、放浪癖のある「亀まがい」とやらを見つけられるのだろうか?
なんと言おうとも、とにかく今頼れるのは鷲尾の能力だけだ。俺もこいつを信じるしかない。・・・なんか、風船で空を飛んでるくらいに頼りない話だけど。
鷲尾は折った木の枝をゆらゆらと振りながら、不思議そうな顔で俺を見た。なんで落ち込んでいるのか分からないらしい。
その時だった。
「そっちのトランプどうだ?」
「大丈夫、もう戦えないってさ」
キャッキャッと笑う声とともに、そんな会話が聞こえてきた。鷲尾の顔が真面目になり、俺のシャツの襟をつかんで、木陰に潜んだ。初めて触った木の幹は冷たく、地球にあるようなあの温かな「木」の感じはなかった。
「なんだよ」
「しっ!静かに。死にたくなかったらしゃべるな」
死にたいわけがない。俺は必死に口を結び、息もままならないくらい緊張した。鷲尾は木に背中を付けたまま、後ろを見る。俺も好奇心に駆られて、同じように奥を見た。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷