その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「川澄と宇尾に会ったのか?」
「いや…名前は知らないけど」
「あと盗み聞いただけだ」という俺の言葉は、鷲尾の耳に届いたか解らない。ただ俺は、鷲尾の予想を上回った活躍ができたらしい。期待はずれという言葉なら嫌というほど言われてきた俺にとって、それはなんだかこしょばゆい気がする。
あまりに長い間鷲尾が感心しているので、俺は恥ずかしくなった。鷲尾が苦戦していた鍵を、彼の隣に落ちていた南京錠に差し込む。
「お」と鷲尾が声を出したかと思うと、ガチャリと錠前が外れた。南京錠と同じくらい巨大な鎖をはずし、パンパンと手をはたく。
「よし」
条件を果たしたからには、約束は守ってもらわねば。俺が鷲尾の方を見ると、彼は首輪に残った鎖を、また天に掲げていた。うれしい時の彼の癖のようだ。全身で喜びを表現しているともいえる。
鷲尾はくるりといきなり振り返ると、鎖を手放して俺の手をつかんできた。鎖が勢いよく垂れて、首に結構負荷がかかりそうだが、鷲尾は平然としている。
「ありがとなっ、アリス!」
だからアクセントが違う!
くどくど繰り返すのもうざいので言わないけど、一度言われたら少しは気を遣えよ。しかも男に手を握られても気持ち悪いだけでうれしくない!
我慢の限界に達して、俺は思わず鷲尾の手を振り払った。しかし鷲尾は傷つくそぶりを微塵も見せず、むしろより楽しそうに口を開いた。
「さ、今度はオレの番だな!」
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷