その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「まあ確かに、一般的には無理ですね」
失礼な反応をしたわりに、思いのほかのほほんと返された。打海はしかし、眉間に深いしわを寄せて唸る。
「一般的には無理なんですけど、車掌ってのがまた変なやつでしてね」
変だと許されるのか?それってずるくねぇの?
そんなことを思ったのが通じてしまったらしく、横から鷲尾が会話に参加してきた。
「あいつもな、天才の部類なんだよ」
天才。この世界だと能力者っていう存在があるから、天才って言葉がどうにもピンとこない。でもきっとおそらくは、「戦争に役立つ能力」って言いたいんだろうな、うん。
そして、その言葉からもうある程度のことは推察できた。宝亀や若杉同様、両王族が喉から手が出るほど欲しいような能力者に違いない。だから、どちらかに仕えるなんて無理が通ったんだ。
けれども。
「いったいなんだってそんな面倒なことになったんだよ?」
今は都合が良いっちゃ良いが、いつこの都合も変化するかは解らない。すると、
「それはまた長い話になりますよ」
とけらりと打海が笑った。こいつの笑い顔はさっぱりしているとも言えるけど、ちょっと食えない感じも残る。味方なんだとわかっちゃいるが、さすがチェシャ猫というだけある。まあ俺が勝手にチェシャ猫は敵でも味方でもないって思ってるだけなんだけどな。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷