その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「まあ、会えばわかるさ」
そう言われて歩くこと三日目。森の中を歩くことに歩き慣れていない俺には、風景の変化が全く解らない。
「全然着かねぇじゃん・・・」
人並みの体力があったって、まだ着いて一週間そこそこじゃ体力なんてつかないし、慣れなんてあるわけがない。思わずそう漏らした俺の声を聞いて、宝亀が足を止めた。
「そう言うな。行き先に色々いたんだから仕方ないだろう」
確かにいた。例のバカップルの声も聞いたし、他の誰かの声も聞いた。でも姿は見てないし、こう・・・実感がわかないんだよな。
正論を言われて不満があろうと返せない俺を、鷲尾が愉快に笑った。
「しょうがねぇよな!おれだってシープ&ゴートから車掌の家まで、ここまで時間がかかったためしはねぇよ」
「・・・へ?」
今なんつった?
思わず先頭を歩く彼の方まで足場を気を付けながら近付いた。
「お前、車掌の家に行ったことあんのか?」
俺の記憶だとこいつは赤の軍に狙われていたはずだ。だからこそ赤の軍の公爵夫人に掴まっていたわけだが・・・。それが何で赤の軍の車掌の家を訪問なんてしてるんだ?
尋ねられたことにピンとこなかったのか、鷲尾はしばし固まっていた。先ほどの思考をそのまま彼に伝えると、思い出したようにああと言った。あんな鎖に繋がれるような仕打ちを受けたくせに、存外あっさりとしたもんだ。こいつやっぱりドMなんじゃね?戦闘好きだとか言ってたし・・・
俺の方を見て歩いていた鷲尾が一度躓き、何とか踏みとどまってから「あっぶねぇ」と声を漏らした。それから、前を向いて答える。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷