その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「有須、大切なものなのかもしれんが、帰ることの方が大切だろう?」
まさか、宝亀がこの作戦に乗ってくるとは思わなかった。なにせ、彼女もまた目新しい俺の持ち物への関心が高いのだから。「そんな希少な物を渡す必要はない」とか言ってくるかとばかり心配していた。が、大根演技だから勘のいい彼女にはばれたのかもしれない。
「それも、そうだな」と俺は一応悩んだふりをしてから、羊元にシャーペンを渡した。代わりに、俺の手に筒状の地図が渡される。
満足げにシャーペンを眺めている羊元をよそに、俺は地図の中身を確認した。これで中身が変わってたりしたら、入れ間違いだったとしても言わなければならないだろう。
栓を抜いてみると、中身は空だった。いや、奥に何か入ってはいる。が、少なくとも紙ではない。
「・・・なんだ、これ?」
「何って地図さ?車掌特製の非紙製地図だよ」
「非」紙製?どういうことだ?音声データとかってことか?
混乱していると、羊元が俺の手から地図を奪った。それから蓋と本体の境目付近に合ったボタンを押す。すると、機械的な音声が流れた。
『出発地を指定しろ』
・・・敬語じゃないのかよ。むしろ命令口調じゃねぇか!
羊元は指示通り、「シープ&ゴート」と地図に向かって声をかける。するとまた、音声が命令してきた。
『目的地を言え』
何の脅迫だよ。しかもこう言うのに入っているのって女性の声じゃねぇの?思いっきり男の声なんだけど。
「目的地はどこだい?」
「え、ああ、車掌の家だ」
「そうかい。じゃあ、『車掌の家』!」
羊元の声を認識した地図はヴヴヴヴヴ・・・と検索音のような音を出した。しばらくすると、筒の上に平面だが最先端技術を駆使した、その・・・平面の立体映像?っつっていいのか?ともかく、デジタルな地図が浮かび上がる。
「ほら、コレが地図の使い方さ。珍しいだろう?」
いや、珍しいどころじゃない。この世界に来て、拳銃とかの武器以外の電子機器を初めて見た気がする。車掌が作ったとか言ってたけど、一体何者なんだ?こんなハイテク製品、現代にすらない。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷