その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「だーいじょうぶですよ!いざとなったら全員の姿を隠せばいいんですから」
そんな裏技があったのか。
けれども、宝亀がその裏技に気付かないとは思えない。ということは、打海がかなり無茶をする結果になるのだろう。また、見つからないという保証もないわけだ。
ともなればやはり、ここは物々交換を成立させた方が良い。
俺はカバンを下して中身を探ってみたけれど、大したものは入っていない。電車で読むような本と財布、筆箱、定期くらいなものだろう。いつもなら軽食も入っているけど、ここに来る時はコンビニに寄る前だったのでまだ買っていなかった。
ガサガサしていると、カバンからそのままのシャーペンが出てきた。何だっけと一瞬固まったが、朝方筆箱を忘れたと思って購買部にシャーペンを買いに行ったことを思い出す。オチとしては机の中に残っていただけで、百円かそこらとはいえ無駄遣いになったと後悔した。
・・・妙に視線を感じた。そっと横眼で見てみると、羊元が食い入るように様子を見ている。どんな希少品が出てくるのか、楽しみにしていると言ったところか。
が、すぐにそうではないと解った。シャーペンを戻そうとすると、その動きに合わせて羊元の目が動いたのだ。
そういえば、シャーペンの正式名称はシャープペンシル。とあるメーカーが開発したからその名がついたと聞いたことがある。そのメーカーはもちろんこの世界にはないわけで、それどころかこの世界には機械のようなものは見受けられない。
もしかしたら、いけるかも。
俺は咳払いをしてから、シャーペンをちらつかせて隠す。すると、羊元の目の色が変わった。そこで追い打ちをかけてみる。
「これは希少品だからダメだって」
この言葉はかなり効いた。羊元の目が悪そうに煌めく。
「そうかい?でもね、この地図も相当な希少品なんだよ?そうやすやすと手に入れられるものじゃあねぇ」
「で、でも俺の世界でも希少な物なんだよ。別に、他のでもいいだろ?」
「この地図も、この世界では相当貴重なんだがねぇ?」
良く俺のこの大根演技がバレなかいものだ。知られていないとはこうも騙しやすいものなのか。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷