その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「寝て起きてもてなす価値のある客なら文句はないさ。王族とかね」
「王族に連なる物かもしれないぞ?」
「過去のアリスはそうだったが、今回のには期待できないね」
本人目の前に失礼な話だ。いや、まったくその通りなんだけれども、悔しいことにさ。
「しかし、王族よりも希少な物は持っているぞ?何せ、異界の人間だ」
「だからなんだってんだい。たとえ希少でも、使えなければ意味がないだろう?」
「貴殿が使うならな。しかし上手くいけば目新しいものが好きな・・・そうだな・・・白の王族との物々交換も夢ではないのではないか?」
羊元は黙った。少し考え込むようにして、俺の顔をじっと見てきた。・・・ん?なんか徐々に近づいてくるような気が・・・
鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで近づいてきた羊元は、眉間に深い皺を作って言い放つ。
「亀まがいがそこまで言うのなら多少は考えてやってもいいがね」
この世界での宝亀・・・いや、「亀まがい」への信頼の厚さが垣間見えた。今まで平等を貫いてきたならではの信頼だろう。
そうのんびりと構えていると、「ただし」と羊元が俺を指差してきた。癖っ毛の彼女の髪が風に載ってふわりと舞う。
「必ず何か買っていきなよ、あんたの価値は今はその程度だ」
言われなくとも解っていた。宝亀は王族と俺が同等だとか光栄なことを言ってくれたけど、俺にはまだそれほど高い価値は無い。個人的に言えば、彼女がベッドに戻らないでくれる価値があるのかも解らない。それだけでも、かなり過大評価なのかもしれない。
ともかく、ここには地図を買いに来たんだ。少なくとも目的はある。が。
宝亀のセリフが頭を過ぎった。
『王族よりも希少な物は持っているぞ?』
そう。俺はここで「王族よりも希少な物」を提供しなければならないのだ。ってかなんだよ、王様の持ち物よりも希少な物って!俺そんなの持ってるの?一介の男子高校生なんだぞ?
とりあえず目的だけ告げておいた方がいいか。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷