その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
気まぐれ車掌に面会を
空の色が黄色から緑に変わることも、この葉が瑞々しい水色をしていることも、白樺どころではすまないレベルに白い木々が立ち並んでいる光景も、全てに慣れてきてしまった。違和感がないとストレスが少ないって言うか、まあ個人的な感性だけど精神的負担が少ない気がして楽な印象はある。
歩を進めると草がかさかさと、現実世界と同じように鳴る。けれども「現実と同じ」という言葉は決して安心できるものではなくて、むしろこれが夢じゃないんだなと認識できてしまうだけの材料になった。
「ヴ」
俺の背中でトーヴが鳴いた。グリムの家に行く時、俺がエレベーターに倒れこんだのに驚いて、ぴゃっと逃げていたらしい。それに気付かずに上がって長々と話をしていたものだから、下りてきてそうそう怒ったトーヴに足をつつかれたりした。それからもうはぐれないようにとトーヴは俺のカバンにもぐりこんでいる。今は機嫌も直り、少しだけ開けたチャックから顔を出していた。
「いやぁ、機嫌直ってよかったっすね」
後ろを歩いていた打海がそう笑った。動物はあまり飼ったことが無く、ましてやトーヴのようなイタチ系は全く扱いが解らないため、どうやったら機嫌が直るものかと数分前まで悶々と悩んでいたのだ。
パキッ
大きな音がして皆が顔を上げると、先頭を歩いていた鷲尾が足元を見て、
「あ」と漏らした。どうやら大きな枝を踏んだらしい。この世界では木はチョークみたいなものでできていて、どんなに太くても力を加えたり体重をかければパキッと軽い音を立てて、簡単に真っ二つに割れる。しかしその「パキッ」という音の音量は大きさに比例するようで、大きな枝を割ってしまった時はそれなりに大きな音が出てしまうのだ。
「気を付けろ。有須ではなくお前がやるとは何事だ」
「いや、わりわり」
宝亀の叱り方はたまにものすごく厳しい。まあ、命がかかってる移動だから、そうピリピリするのも仕方がないだろう。けれども、無駄な緊張感はあまり良くないもので・・・
パキッ
「あ」
ほら。緊迫感に負けて俺が今度はやっちまったよ・・・。鷲尾が踏んだものよりは小さいけど、サイズや音量としては決して小さくはない。白いおかげで夜でもだいぶ見えるけれど、それでもやはり足元がしっかり見えないのは変わらない。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷