その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「さて、最後に私かのう」
若杉は立ちあがると、彼もまた手品のようにさらりと手の中に何かを取り出した。ピンク色で・・・なんか・・・少し、嫌な気が・・・
「ずいぶん派手な色のキノコだな・・・」
「派手か?むしろキノコと言えばこれが普通じゃろう?」
こっちのキノコはこんな毒々しいのが普通なのかよ・・・。じゃあむしろ毒キノコが茶色いのかとか思って聞いてみたら、どうやら毒キノコは水色だそうだ。
「茶色では食う気も起こらんだろう」
宝亀が後ろで少し呆れたように呟いた。いやいや、こっちの世界じゃ青色が食欲減退色で、ピンクのキノコなんて毒キノコの代名詞みたいなもんなんだけどな?!
とりあえず、受け取ったらすぐに袋に突っ込もう。たしか朝コンビニでパン買って、昼食った後ポリ袋だけとっといたはずだから、丁度いい。小さいころから「色々使えるからとっておくようにしなさい」と親に躾けられ、今まで一度も使ったこと無くて「意味ねぇじゃん」とか思ってたけど、もう思うまい。ありがとう、親父お袋。
思わぬところで親に感謝とかすることになったけど、とにかく話を戻そう。
「これ・・・食わなきゃだめなんだよな・・・?」
キノコは好きだ。鍋の時にもシイタケとかえのきとかばっかり食べて怒られることがあるくらい、キノコは好んで食べる方だ。けどなでもな?この色は食う勇気ねぇよ・・・
当然、そんな心境を知るはずもない若杉は、けろりとした顔で答えてくれる。
「当り前だろう。食えば、十五分は洞察力が上がる。軽くちぎって一片で充分だ。多く食らっても効能時間も能力の上がり具合も全く変わらんから無駄になるだけだからな」
是非ともテスト前にほしいアイテムだ。いや、記憶力は上がらないから意味ねぇのかな。
全てのアイテムをカバンに詰め込み終えると、若杉が煙管を一息だけ吸った。
「さて、用が済んだのなら、そろそろ出発しては如何かの?」
そう若杉が会って初めてにこやかな笑顔を見せたが、あれほど怖いものは無いとその場にいた誰しもが思ったと、俺は感じた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷