その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
森の中に逃げたのは当たりだったかもしれない。メイド服の猛攻を、俺はと言うと戦闘マンガみたいに軽やかに避けられず、スプーンが木にぶつかって止まってくれるおかげで回避できてるようなもんだったからだ。
とはいえ、やっぱり逃げ切るには森はきつい。道路が整備されていることにここまで感謝の念を抱いたことはない。
「ちょこまかと動きますね!」
そりゃ逃げるって。俺だって死にたくねぇもん!
闇雲に走っていたら、間違って空間の空いた所に出てしまった。マズッた!と思った時にはもう遅く、引き返す先にはメイド服がいて、そのほかに森に逃げ込むにもその道は遠い。というか、メイド服から逃げ切れる自信がない。
「もう終わりです。観念なさい」
そういって、黄色の空にメイド服がスプーンを振るう。俺は思わず振り返ったのだが、その拍子にどすんと尻もちをついてしまった。しかも腰が抜けるという始末。情けないったらない。
「ちょっ・・・ちょっとたんま!」
つい口から出た言葉だった。もちろん期待もしてなかった。でもなぜか、彼女は動きを止めた。スプーンを、ハンマーよろしく大きく振りかぶったその姿で。
怖いからちょっと格好を変えてほしいなぁと思うのだが、そんな願いは届かない。メイド服はその格好のまま、俺に尋ねてきた。
「・・・それは、どういう意味ですか?」
意味が伝わってなかった。答え方次第でせっかく止まってくれているこの状況が、動き出すんじゃねぇの?迂闊には答えられねぇよな・・・
思わず「そんなことより」と、俺は話をそらしてしまった。メイド服がピクリと動く。いちいち心臓に悪い!
「俺なんかに構ってていいのか?」
「よそ者を排除するのも従者の仕事です」
メイド服はドスンと、巨大なスプーンを下した。ほんと、よく持って歩けるよな。っていうか、さっきこれ持ってものすごいジャンプを決めてなかったか?
話を聞いてくれる体になったメイド服に、俺は自分の仮説をぶつけてみる。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷