その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「あなたは亀まがいではないですね?」
顔を上げると、あのメイド服が目の前にいた。俺がしゃがんでいるせいもあってスカートの中が見えそうだったが、何段にも重なっているフリルのおかげで見えないようになっている。いや、俺だってスカートの中が見たいわけじゃないけどさ、この状況で。
見つかったことに気まずさを感じながら、とにかく今は返すべきだと判断する。
「・・・そうっすね。亀まがいさんではないかと・・・」
「ならば答えは簡単。武器泥棒として、制裁いたします」
は?武器泥棒?制裁?え?
状況のつかめない俺を無視して、メイド服は巨大なスプーンを振り回し始めた。はっとその意味を理解した瞬間、とっさに転がって避ける。スプーンがたたきつけられた俺がもともといた場所は、大きく陥没した。人間に当たって生きていられるような破壊力じゃない。スプーンで力の限りにつぶされるジャガイモが頭を過ぎった。
メイド服は再びスプーンを持ち上げると、俺に向かってまた打ってくる。必死になった俺は、鍵を抱えて低木を飛び越えた。そのまま両手を使わない首に負担のかかる前転で体勢を直し、ばっと走り出す。
彼女はスプーンを持ち上げる際、結構よっこいしょって感じだった。だから、きっとあれを持って速く走ることはできないはずだ。あれを持ち上げられているというのは少し驚きだけど。
森は走りなれない。だから、どうにも速度が遅くなる。いや、きっと道じゃなくて、この巨大な鍵のせいだな。行きはこんなに大変じゃなかった。
ふと、影が俺の上をよぎった。鳥にしては妙に巨大な気が・・・。違和感に俺が足を止めると、もしこのまま走っていたらいたであろう場所に、どすんと何かが降ってきた。地面がボコッとへこみ、降ってきたそれはゆらりと立ち上がる。
それはあの、メイド服だった。
絶対に足がどうにかなってんだろ!って感じだけど、当のメイド服は全然痛そうじゃなさそうで、それどころか立ち上がってすぐに臨戦態勢に入った。俺的には足を押さえてうずくまってほしかったところなんだけど・・・
「逃がしません」
逃がしてくれ!
驚愕の速さでその反応ができた自分をほめたい。そんなに会話も得意じゃないし、機転も利かないのに。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷