その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
あらぬ方向を見たまま、ぽつりと若杉が呟いた。
「先ほどの礼を告げるくらいならば良いが、むやみに『賞与』を与えるのはよしたほうが望ましいのう」
・・・だめだ、気になる。
「どういう意味だ?」
「簡単なことだ。『賞与』を与え同等に扱い過ぎると、主従関係が崩壊する」
「裏切られるってことか?」
「少し違うのう。主従関係の崩壊は、主従が逆転することとなるか、『契約』扱いになるということだの」
「何が問題なんだ?主従が逆転したら、一度破棄して結び直せばいいことだし、『契約』扱いになっても、元通りになるだけで何の問題もないじゃないか」
すると、若杉がじっと打海を見た。睨みつけるような強い視線が、顔の横を走っている気がしてならない。少しして、若杉がため息交じりで教えてくれた。
「主従は一度破棄した場合、二週間は主従関係を持つことは出来ないものだ。そして、『契約』扱いになるのは世の摂理じゃ」
「・・・つまり?」
「いつ主従関係から契約関係になったのか、解らないまま移行して、失敗すると契約に違反する事態が起きて死に至るってことですよ」
察しの悪い俺の質問に、後ろから打海が教えてくれた。あの視線を受けてなおへらへらと笑っているんだから凄い神経だ。
でもつまり解った。とても簡単に言えば、俺が仕えてくれてる皆に何かすることで、死ぬ可能性があるってわけだ。しかも、どっちが死ぬのかも、今の段階では解らない。
が、若杉が少し楽しそうに、またにやりと笑った。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷