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その穴の奥、鏡の向こうに・穴編

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「主人が従者にわざわざ礼を告げるなど、奇怪なこともあったものだ」
「だからって、そんなに驚くことなのかよ」
「驚くさ」と言うと、まるで舞台役者のように仰々しく、バッと手を広げて語り出す。
「いままで『主人』の地位についた存在は、私の知る限りでは王族限りだがね?従者と言うだけであれば何十人と知っている。だがしかし誰ひとりとして、主人に礼を言われたものなどいないのだよ」
 白の王族あたりは軽々と言いそうだけど、まあ、それは置いておこう。きっと若杉は、王族の人柄までは知らないだろうし。
「そうでなくても、だ」と言うと今度は、くるりと向きを変えて反対側に歩いていく。本当に、何の演劇の一部だよ。かの歌劇団ですか、それとも某劇団ですかここは。
「こんな、たかがこれしきの情報で礼を述べるなんて、契約だったとしてもあり得ない。いや、むしろ礼とは従者が主人に対して告げるものであり、上から下に『差し上げる』ものではないのだよ!」
 なんか・・・ちょっと前から薄々感じてはいたけど・・・
 こいつ、めんどくさいぞ。
「いや、俺の中で主従とかあんまないからさ・・・」
 すると、感動していた若杉は少し不思議そうな顔をした。それからニヤッと不気味に笑う。
「そうか、それはしかし問題かもしれんのう」
 何がどう問題なのか解らないけども、とりあえず行かせてくれ。早く帰りたいとかじゃなく、若杉の破壊的な面倒くささが本気で嫌なんだよ・・・!
 でも、相手の説明をぶっちぎって逃げ出せるほど、俺は器用な人間じゃなかった。いや、器用じゃなくて、要領が良い、かな・・・?不真面目?まあ何でもいいや。とにかくそういうタイプじゃない。