その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「さて、ではネズミには何をしてもらうかのう」
なんか、感動してしまった。すっごくナチュラルに、しかし見事な悪徳商法だ。若杉の不敵な顔を、根角はハッとしてからぐぬぬと睨みつけた。が、根角もそれなりに頭の良いやつだ。すぐに反撃する。
「僕は何も言ってないよ」
「ほう、そうきたか」
少し楽しそうな雰囲気が、若杉から溢れだす。笑ったわけでもないのに、そんな感じがふわっと空間を包んだんだ。彼の吐きだしたパイプの煙が、彼の感情に敏感に反応しているみたいだ。
若杉は俺の隣を通り過ぎて根角の前に立った。背の低い根角とひょろ長い若杉が並ぶと、身長差が激しかったけど、これはここでは関係ないっぽいから一応黙っておこう。
「では、何故ここまで来たのだ?」
「貴殿がさっき言っていただろう。僕は契約によって、アリス一行を案内してきただけだよ」
悪徳商法から逃げる方を応援するのは、性とか言うやつだろう。案内してもらった義理とかもあるかもしれないけど、心中で密かに根角を応援する。がんばれ、根角。
けれども、すぐに若杉が呆れてため息をついた。
「言葉の解らん奴じゃのう。そんな下らんことを聞きたいとでも思うとるのか」
「な・・・」
見下ろす、というより見下すように、若杉は根角を捕える。
「私が聞きたいのは、なぜ『この部屋に来たのか』だ」
「だからそれは案内を・・・」
根角がひるみながらも反論を主張する。解るぞ、根角。でかいやつに見下ろされる恐怖心は小さいやつにしか解らない。平均身長の俺ですら、若杉にやられたら怖いだろう。それなのに根角は俺より低い。正直150?台じゃないかと思うくらい小さい。さすがネズミだと言いたいけど言ったら殴られそうなので言う気は無い。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷