その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
放課後という時間帯が、俺に逃げ道を与えた。苦笑いをしたまま、浜谷に別れを告げて教室を出る。いつも一緒に帰っている仲間もいるのだが、こういうときは大体中間の話になるので、メールで連絡だけ入れて、一人で帰ることにした。
普段目も向けない茜色の空が妙にまぶしくて、ずっと下を向いて歩いていく。近隣の私立の学校と下校時間が重なって、見るからにエリートな制服姿の同学年の楽しそうな話し声が、嫌でも俺の耳に入ってきた。いつもは無視できるのに、進学の話や勉強の話をする彼らの会話から、気をそらすこともできない。
留年という言葉は、ここまで人の心をうっ屈させることができるのかと、その破壊力を思い知った。
どんっ
「あ、すみません・・・」
下を向いていたら、向こうから走ってきた女子高生にぶつかってしまう。謝りながら相手を見ると、それは大層な美少女だった。着ている制服は赤色のブレザーにタータンチェックのプリーツスカート。ブレザーの胸ポケットに入っている金色の鎖から放たれる光が、まるで彼女から放たれているような錯覚を覚えた。大きなリボンを胸元につけた彼女は、俺の方を見ずに走っていく。
・・・ん?
なんだかもやっとしたものが胸に残る。それからハッとして周りを見た。やっぱりそうだ。
この辺の制服に、あんなデザインのものはない。
あれだけの美少女なのだから、もしかしたら映画の撮影か何かかと思ったが、カメラや音声マイクも見えない。俺は彼女の走り去った方を見て、思わずつぶやいた。
「コ・・・コスプレイヤーって初めて見た・・・」
唖然とする俺に目に、何やら金色に光るものが入った。それほど遠くないところに落ちているそれを見に行くと、それは金色の懐中時計だった。金色の鎖を見て、俺は気づいてしまった。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷