その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「え、今の何の・・・」
そう言いかけたところで、浮上感・・・って言って伝わるものか解らないけど、とにかくエレベーターで上がるあの感じだ。
・・・というか、もしかしなくとも、これってエレベーターなんじゃないか?
結構な速度で上がっていくと、どんどん速度が下がっていき、聞きなれた「チーン」と言う音で足場が止まる。もうこれ絶対エレベーターじゃねぇか。
ぞろぞろと皆が降りるのについて出ると、ピンク色の煙がふわりと目についた。けむい!っと思ったけど、何故か全然むせる感じはしなくって、なんだか花のいい匂いがしてきた。花に詳しくないから、何の香りかまでは解らないけど、とにかくこう・・・香水とかにありそうないい匂いだ。
何処からこの煙が出ているのか、出所を追っていくと、その先に一人の男がいた。背は高いんだろうけど、だらりと立派なソファの上に寝転がっているので、こう・・・「高い」というより「長い」という印象の方が強かった。芋虫って聞いていたせいもあるのかもしれない。全身真緑のスーツを着込んでいるが、左半分だけが燕尾服のようにだらりと長い。いや、半分だけモーニング?だっけ?あんな感じだな。ただただ裾が長い感じだ。だからなおさら芋虫っぽい。
長いパイプを口から放して、ふぅ・・・と息を吐く。と、先ほどから目についていたピンクの煙がゆらゆらと噴き出した。なるほど、その煙だったのか。
「若杉」
宝亀が呼びかけると、無気力に天井を眺めていた瞳がゆらりとこちらを向いた。じっとりとしていて、少し不気味にすら感じる。
「ほう・・・客人とは珍しい」
「貴殿に話があって来た」
「亀まがいが私に話とな。これはもう、終戦してもおかしくない雲行きだのう」
「冗談もほどほどにしろ」
平然とやりとりがされるので、思わず近くにいた鷲尾に尋ねる。
「なあ、宝亀とグリムって知り合いなのか?」
「いや、今日が初顔合わせじゃん?」
ただの遠慮しない者同士かよ。すげぇなおい。
あおむけの状態からごろりと体勢を変え、異常と思えるくらい長い脚を下ろして座る体勢になった。完全な猫背だ。曲がってる。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷