その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「鈍いな、貴様は。先ほど私は言っただろう?我々はある者に『従属した』と」
おっと残念、間違っていたようだ。彼の勘の鈍さを怪訝に思っただけらしい。いや、それで気付く人が勘が良いだけで、わからないからって勘が悪いわけじゃないと思うぞ。お前の基準高過ぎるぞ?
けれどもそれだけで、根角は解ったらしい。宝亀とやり合っていた時点で思いはしたけど、こいつ、相当頭いいぞ。
そこで初めて、根角の視線がこっちに来た。じっと見つめてくるその目は綺麗なベージュで、肌より少し濃いくらいの色だった。珍しいその色に、思わず目を引きつけられた。
「チェシャ猫もいるってことは・・・」
どうやら打海を見ていたらしいその視線が、俺の方に移った。気持ち的な問題なんだけれど、何故か動けなくなってしまう。
「彼が、アリスか」
「ああ、そうだ。察しが良くて助かるな」
さっきは勘の鈍さを指摘してなかったか?宝亀が人を扱うのが上手い理由が解った気がした。臨機応変な対応ってやつね。
鷲尾が俺の肩に腕をかけると、もう一方の手で俺を指す。
「すげぇぞ!今回のアリスは、名前が『有須』っていうんだ」
「ありす?男で?」
「違う、有須は名字だ!名前は啓介だよ!!」
そこだけは勘違いしないでほしい。嫌な思い出を語れば、幼稚園から何年間も、「ありすちゃん」と呼ばれて何度からかわれたことか解らない。女子からは可愛いと言われたけれど、そんなの嬉しくもなんともないんだよ!
だからこその必死の否定だったわけだが、まあ当然過去を知らない人から見れば、何故そんなに必死になるのか解らなかったらしい。なんだか・・・ちょっと引かれたのを感じた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷