その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「でも一応、呼んでみればいいだろ?」
「呼び声は雑音で、雑音は自分に影響を与えない。だから、あいつが顔を出すことはない」
宝亀が少しイラッとした様子で睨んできた。睨むなよ、やってみるだけの価値はあるかもしれないだろ?なんで実験すら拒むんだよ。
俺のそんな不満が、顔に出ていたのかもしれない。すると今まで黙っていた打海が、思い出したように参加してきた。
「主は家にいるとき、知らない人が外から名前呼んできたらどうします?」
「え、あー・・・」
そう言われると、反応しない気がする。違う人かなーと思うだろうし、自分しかいなかったとしても、相手が知らない人だったら警戒して応えたりはしない。確かに、性格がどうのこうの言う以前に、グリムが顔を出す可能性は低いのかもしれない。でも。
「ちょっと大声出すだけじゃん」
「主、今は日中ですよ?」
そこで思い出した。ここでは戦争が行われている。しかも戦争みたいに国同士とかじゃなく、同じ国の中で敵味方がいる状態だ。そして俺の場合、確実に敵の方が多い。さらに場所を特定しての決闘スタイルの戦闘ではなく、見つけたら攻撃レベルの超好戦的な形式が取られている。
つまり、ちょっとだろうとなんだろうと、大声を出すことはリスクに繋がるということだ。グリムが出てくるどころか、敵が出てくる可能性の方が何倍高いことか。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷