その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
窓枠に乗せた手をある程度に開いて、懸垂の要領で乗り越える。はずだった。
自慢じゃないけど、俺は脚力が平均以上というだけで、それ以外の運動神経は中の中のさらにど真ん中くらいだ。つまりごくごく一般的。ひいては鉄棒は大の苦手だった。
まとめよう。結局俺は上れなかったのだ。
間違っていた。これは運がいいというんじゃない。俺にとっては最悪の状況だ。だってできるやつは入れるのに、俺だから出来ないっていうんだ。こんなにみじめな思いになることはない。
でも俺だって男だ。負けるのも嫌だし、ここであきらめるのも情けない。いや、本音を言えば「犯罪をした」というレッテルを自身に貼りたくないんだ。日本じゃ犯罪にもなんないけど、やっぱりこの世界でも犯罪はしたくない。
頭の弱い人間なりに、必死に考えた。ちらりと従者の二人を見ると、やはり微動だにせず黙々と一定空間を凝視している。
もしかして、あいつらこっちを見る気ないんじゃないのか?敵は真正面からやってくるとでも思っているのだろうか?いや、公爵夫人と言う女性があまりにも傍若無人ってか、自分勝手な人なのかもしれない。わがままって言った方がいいのかな?迎えが遅ければ解雇だとか、そういう性格なのかもしれない。
この考えがあっているなら、きっと従者はちらりともこちらを見ないはずだ。
いざとなったら走って逃げよう。少なくとも通りすがりだと言い張れば、邸内に入ったわけでもない俺は許されるはずだ。いや、ここがもし庭とかで屋敷内だったとしても、垣根がないのが悪い。迷い込んでくる奴もいるだろう。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷