その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
この窓、硝子が嵌まっていないんだ。
黄色の空も、水色の葉も、白い樹も、何にも窓に映っていない。どころか、光の筋すら見受けられない。束ねられているレースのカーテンも、風を受けてわずかに裾を揺らしていた。どれも、硝子が嵌まっていては起きない現象だ。
自分の不注意さにあきれたけれど、とにかくこの状況では助かるばかりだ。ひょいと乗り越えようと、俺は窓枠に内側から手をかける。
触れてみると窓枠は石製だった。日本でよく見かける黒いアレかと思ったけど、どうやらただの黒い石を削った物らしい。鍵の部分だけあとから取り付けたようになっていた。
鉄もそうだが、石ともなると、体重をかけたら痛い気がする。俺も一般にもれず、痛いのは苦手だし。少年漫画とか、痛いのがダメで戦闘物が読めないくらいだ。だって血が出てるのを見ているだけで、同じところが痛くなる気がするし。
ふと思い出して、俺はベストを脱いだ。それを窓枠に乗せて、緩衝材にする。春先の癖に今年は寒いと、朝ぶぅたれたことを神様に謝ろう。あと校長にも。校則に文句言って悪かったな。
二つにたたんだベストに手を置いて、少し体重を乗せてみる。まあ痛くないと言ったらウソになるが、思ったよりは痛くない。薄地とはいえ、なかなかの柔らかさだ。結構いいものだったんだなと初めて実感する。学校の制服って、無駄に高いと思っていた。
だめだ。なんか焦る気持ちが空振りして、変なことばかり考えてしまう。横道にそれず、目的だけを見て行動しないと。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷