その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
深緑の空が少し黄緑に染まり始めた。朝が来る。
「アリス―!こっちこっち!」
「遅いよアリス、朝になっちゃうよ!」
・・・なんだろう。
「ほらほら!和樹、右手引っ張って」
「オッケ!じゃあ和希、せぇので引こうね」
・・・何か可笑しい気がする。
「「せぇ・・・」」
「自分で歩けるから放せ!」
二人の手を払うと、二人は楽しそうにはしゃいだ。さっきからずっとこんな感じなんだよ。こいつら怖い奴らのはずなのに、あんなに怖い目にも会わされたのに、どうにも子供と歩いている気がしてならない。っていうか、全然危険を感じられない。警戒しきれないんだ。
道すがら寄り道したり、花を眺めてしゃがみこんで動かなくなったり、和希が蝶を追いかけてどこかへ行ったり、和樹が冒険心を働かせて池に落ちたりと、やりたい放題。おかげで俺は、小学校の引率の先生みたいになりかけてる。
「お前らが自由に動き過ぎるから疲れたんだよ!」
「ねぇ、和樹」
「何?和希」
「アリスって、名前呼んでくれないよね」
「うん。ずっと『おい』とか『こら』とか、そんなのばっかだよね」
話聞いてねぇぞ、こいつら・・・っ!
高校に上がってから初めてレベルのものすごい苛立ちが、腹の底からわき上がってくる。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷