その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「つまりね?打海一人なら、私たちも手が出せないってこと」
それは・・・つまり・・・
言葉を失った俺の耳元で、和希が囁く。
「このピンチは、君のせいだ」
「主!耳を貸しちゃだめです!」
彼女が言うのと同時に打海が叫んだが、残念なことにこんな耳元で言われた言葉が聞こえないなんてことはなかった。
「・・・わかった。行くよ」
「主!」
青い顔をして打海が叫ぶ。同時に彼に言った。
「打海、命令だ」
命令は嫌だ、と直接的には言っていなかったが、それは彼にも伝わっていたはずだ。だからこの「命令」と言う言葉は、ただ本気度を示すための合図にすぎない。
「ついてくるな」
途端、俺の首元から刃物が取れた。和希が思い切り抱きついてきて、甲高い声でひゃっひゃっと笑っている。奥にいる和樹も、腹を抱えて笑っていた。その手には、さっきまで見えなかったサバイバルナイフが、再び握られている。
「・・・・・・」
打海は不安そうな顔をして、すこし茫然としていた。が、すぐに立ち上がると、きっとこっちを見てから、森の中に姿を消した。けれどもなぜか、俺の中には少し確信があった。
彼はまた何らかの手段で、俺を助けに来る。
それまで、俺はどうにかして生き残らねば。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷