その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「やっほう!久しぶりだね、チェシャ猫」
いきなり背後から声を掛けられた。途端に打海が俺を突き飛ばし、相手に向かって足払いをかける。が、相手は遊ぶかのように軽くジャンプをしてかわした。しかし打海の攻撃には続きがあり、そのまま地面に手を突くと足払いを仕掛けた脚とは反対の足で大きく相手を蹴り飛ばす。流石にこれはかわせなくて、声をかけた相手に見事にヒットした。
・・・なんというか、すげぇ運動神経だな。ってか、これはまだ運動神経の範囲に入る芸当なのか?
離れた地面に身を打ちつけた相手を見ると、ショートカットのため気付かなかったが、それは女の子だった。赤と白の目覚ましいボーダーに、サスペンダー付きの、これまた赤い短パンを履いている。女の子の服装には詳しくないから申し訳ないけど、かぼちゃパンツみたいな形のズボンで、太腿の半分くらいまでしか隠されていない脚は、Tシャツと同じ紅白模様のハイソックスにつま先から包まれている。大丈夫かと声をかけようとした時点で、ハッとなる。俺は、彼女を見たことがある。
「わー!チェシャ猫だ、久しぶり」
先ほど聞いていたのとと同じ声だった。振り返ると、そこには一人の少年が立っている。先ほどの女の子とほとんど同じ服装で、七分丈というズボンの丈だけが異なっている。彼は赤色のベレー帽をかぶっていたが、女の子の方も蹴られたときに脱げただけのようだった。そしてやはり、彼にも見おぼえがあった。
鷲尾に宝亀のところまで案内してもらっていた時に見た、あのバカップルだ。そこそこ前の事なのに、今でも傷だらけの兵士と風に舞う粉末状の紫の血の中で、たのしそうに話していた姿が鮮明に思い出せる。
打海は警戒する様子を隠す気もないらしい。笑顔ではいたが、剣呑な雰囲気をまとったまま尋ねた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷