その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
深夜遅く、楽しげな声が聞こえてきた。少し高めの男の声だが、打海の声とは少し違う。目を擦って身を起こすと、すでに起き上がって声のする方を見ている打海がいた。やはり笑ってなどいなく、むしろ警戒しているように映った。
「・・・どうしたんだ?」
「主、すいませんが、しばらく黙っていてください」
何事だ?体勢を低くして、低い木々に隠れる様は、本当に猫のようだ。本当に気が抜けないのか、こちらを見もしない。
俺は外していた眼鏡をかけて、こっそりと動く。しゃべるなとは言われたが、動くなとは言われてない。
打海の隣に行っても、彼はピクリとも動かなかった。気付いていないことはないと思うけど、本当に一体何事なんだか。彼の視線を追うと、一人の人が見えた。が、暗がりで誰だか判別できない。分かるのは、男だってことだけだ。それも視覚情報ではなく、聴覚情報だし。
チェシャ猫もやはり猫らしい。奥にいる彼らの姿が見えているようで、人影の一挙一動に瞳が敏感に動いている。すごいな。そう感心するも、俺には出来なさすぎる芸当だったので、耳を澄ますことにした。
「赤の城にアリスが来たんだって。・・・。そうそう。・・・。きっとそうだよ!」
携帯でも使ってるのか?セリフの間に妙な間がある。誰かと一緒なのか?もう一人の声が聞こえないけど・・・
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷