その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「そういえば、主は『アリス』って物語知ってます?」
「・・・え?」
アリスって、今俺が考えてたあの「アリス」か?
唐突過ぎて答えに詰まったのだが、打海はどうやら解ってないと思ったらしい。
「ああ、知りませんか。知らないならいいんです」
「いや、待て!アリスってあの、童話の『アリス』か?」
「『アリス』って、そんなにたくさんの話があるんです?」
わざとじゃない。彼は本当に不思議そうな顔で聞き返してきた。でもこう・・・、なんかな。こいつの顔の造りの問題かもしれないけど、バカにされた気がしてならない。結果、八つ当たりのようにつっけんどんな返事になる。
「馬鹿にするなよ」
「馬鹿になんてしてませんて」
怒るどころか、くすくすと笑って返された。さっき出会ったばかりなのに、彼は「俺が『彼が俺の事を馬鹿にしているわけじゃない』ということを理解している」というのを解ってくれたようだ。何故だろう。時間はそれほど経っていないのに、ずいぶんと長く一緒にいたかのようだ。たまにいるけど、これほど親近感を覚えるやつは少ないだろう。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷