その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
ふいに、けたたましいベルの音が鳴り響いた。避難訓練の警報機の音みたいだ。
「な、なんだ?」ときょろきょろする。すると雪坂がいきなり向きを変えた。
「会議開始五分前の合図です。失礼しますね!」
そう言って彼女が向かうのは、さきほど脱出したばかりの赤の城だった。大根すぎる演技で怪しまれたのは事実。そんな中俺を連れずに城に戻ったら、酷い目にあうんじゃないか?
「ちょ・・・」
言いかけて伸ばした手を、打海に止められる。目の前で人がアウェイの中に突っ込もうとしてるのに、止めないなんて可笑しいだろ。振り払おうとするが、全然振りほどけない。腕力は相手の方が勝っている。
「何をお考えで?」
ふざけたような、場にそぐわない笑顔だった。それにイラッとして、手を思い切り振る。が、やっぱり彼の手からは逃れられない。もう雪坂の姿が見えない。
「雪坂・・・っ!」
「主(あるじ)っ!」
打海に怒鳴られて、思わずびくっとした。目を向けると、先ほどとは打って変わって、不気味なくらい真面目な顔をしていた。
「白兎は止めてはダメです」
「何言ってんだよ!」
「さっきの話をもう忘れですたんですか?」
ハッとした。ついさっき話したばかりだ。雪坂は時間厳守、守らなければ従属の制約違反。この世界では重罪中の重罪だ。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷