その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「道を開けろ!さもないと宰相を殺すぞ!」
殺す度胸なんてないけどね。気合いでやれば、意外と何とかいけるもののようだ。迫真の演技に圧倒された兵士たちが、慌てだした。一応、雪坂は人質、ないしは脅されているというイメージは付けられたみたいだ。
俺の魂胆が解ったのか、襟巻になっていたトーヴが毛を逆立てて周囲を威嚇する。更に雪坂まで協力してくれた。
「きゃー。助けてー」
驚くほどの大根だった。せっかく信じ込んでいた兵士たちがざわざわとまた疑い出す。
せっかく信じてくれてたのに、なんてことしてくれたんだ!
そう思って雪坂を見ると、なぜか彼女はどや顔でこちらを見ていた。叱り辛いことこの上ない。そんな情けない様子に、逆にトーヴから「ヴッ」と怒られてしまった。
打つ手なしかとあきらめたその時、ロビーに個性的な笑い声が響き渡った。この笑い方、どこかで聞いた覚えが・・・
ドンッ!
激しい音とともに、俺の後ろに何かが下りてきた。驚いて振り返った俺が相手を認識する前に、兵士の一人が驚愕の声を上げる。
「チェ・・・チェシャ猫!」
着地したままなのだろう。かがんだ格好でこちらを仰ぎ見ていたのは、昨晩会った打海だった。
上は二階三階くらいまで道はあるけれどほとんど吹き抜けで、何処から飛び降りてきたのか推測もつかない。けど、「飛び降りた」って時点でもうダメージは大きいだろう。
しかし流石はチェシャ猫と言ったところか。けろりとした表情で、すくっと立ち上がった。そのまま屈託のない笑顔を向けてくる。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷