その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「はい。それこそ、扉の向こうに行くような仕事です」
思わず反応してしまった。扉の向こう。つまり、俺の元の世界、日本だ。無意識に唾を呑んでしまう。そして思った。
あの日、彼女は何の任務で日本に来ていたのだろうか?
聞いていいのか解らず、困って視線を逸らす。不自然には思われたのだろうが、俺が問われることはなかった。
雪坂に続いて別の扉から出る。が、俺には違いが解らなかった。相変わらず赤いだけの廊下だし、枠だけの窓が陳列されている。城の入り口は流石に一つしかないようで、そこに向かって移動していた。入口から直線上に抜けたわけなので、ぐるりと方向転換して、入り口に向かわなくてはいけないというけれど・・・
「俺達、どっかで曲がったっけ?」
「曲がってるじゃないですか。こう、道がカーブしてるでしょう?」
よくよく眼を凝らすと、確かにわずかに曲がっている。赤過ぎるせいで、注意しないと見えないけど。
前を進む彼女の髪は真っ白で、綺麗と言う意味でもそうだけど、目の保養になる。色がないことがこんなにいいものだとは今まで知らなかった。
城の出入り口に近付いている証拠なんだろう。人の気配がどんどん増えてくる。もちろん忍者とかじゃないから、声とか足音とか、そういうのを気配と表現しているわけだが。
警戒のためだと思うが、雪坂が足を止める回数も増えてきた。柱に隠れてやり過ごす、なんて危ない事を何度もやる。心臓に悪い。
何とか進んで、入り口が見えるところまでたどり着いた。けれどもそんなところまで来ると、兵士の量が半端ない。どこまで「アリス」が欲しいんだよ!思わず不安になる。
「な、なあ?大丈夫なのか?」
「この雪坂、契約だけは死んでも守ります」
いや、死なれちゃ困るんだけど。真面目な顔の彼女は、兵士の足音を気にしてるのか、こちらを見なかった。おかげで発言にビビった表情を見られずに済む。
が、ちょっと油断して話しかけてしまったのが間違いだった。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷