その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「これっ!私の武器・・・っ!」
これ武器だったのか。
彼女は俺の手ごと、懐中時計を両手でつかんだ。頬を紅潮させて、本当にうれしそうに笑っている。か・・・可愛すぎる・・・っ!
「向こうで失くしちゃったのに!あなた、アリスなのね!」
それさっき兵士が言ってたけどな。
可愛い子を前にするだけでもダメなのに、手まで包まれちゃって、ワイシャツの前も留め切ってないし・・・。俺に対応できる限界を超えてるシチュエーションだ。情けないことに首をカクカクと頷くことしかできない。
動けないのはもったいない話だけど、もうちょっとこの状況を堪能したい。が、そんな時間的余裕がない。兵士が戻ってくるまでに出なければ。懐中時計を渡し、でれでれなんだろうなと自覚できる笑顔を向けた。
「じゃ、じゃあこれで」
「これでって・・・追われてるんでしょう?」
だから急いでるわけなんだけど・・・。彼女の不思議そうな顔に疑問を抱く。が、すぐに解った。
この部屋の入り口は一つ。そしてその入り口からは、何時兵士が流れ込んでくるか解らない。そんなところに飛び込もうとしているわけだ、俺は。確かにそれは疑問に思うだろう。
万事休す。良く聞くけど使ったことがなかった単語が、こういうとこにぽこっと出てくる。
すると俺のことをじっと見つめてきていた彼女が、ニコッと笑った。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷