その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
終わった・・・
肩を落としてため息が出る。俺、ここで死ぬのか・・・
けれども何を考えていたのか、彼女は鈴のような、相手に聞こえるの?と疑問に思うくらいの声量で応じる。
「今は着替え中よ。入りたくば女性兵士を送りなさい」
「は・・・はっ!承知いたしました!」
すこし動揺したみたいだけど、すぐにバタバタと去る音がした。たぶん呼びに行ったんだろう。
足音が消えてから、俺は彼女に目を向けずに去る。
「あ、ありがと・・・」
「何が?着替え中に男性に入ってこられては不快でしょう」
それは今不快だってことだよな・・・
可愛い顔にだまされてはいけないようだ。彼女は結構厳しい性格をしているらしい。かばってくれたわけじゃないのか・・・。まぁ、悲しいかな当然なんだけどな。
バサッという音がしたので、ちょっと目を向けると、ワイシャツをはおっていた。これで目を向けても大丈夫だな。
「あ、そう言えば・・・」
せっかくの機会だ。次はないかもしれないし、ここで渡しておくのもいいだろう。
「あのさ、これ・・・」
訝しい顔を向けてきた彼女だったが、俺が差し出した懐中時計を見るなり、ぱっと花が咲くように笑った。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷