その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
結局空は間もなく緑色になった。前回鷲尾に起こされたのもこのころだった。
服部は元の場所に置きっぱなしだった帽子をかぶると、愛川の近くにしゃがみこんで、その耳を引っ張った。言っておくけど、いくら三月兎の能力保持者だからと言え、ウサ耳が付いているわけじゃない。服部が引っ張ったのは、俺に付いている耳と同じやつだ。
「い、痛い!痛いって」
「起きろ愛川、朝になる」
先にそれを言ってから引っ張れよ。涙目で耳を押さえる愛川に同情する。
「おはよー」
俺に気付くなり、そう挨拶してきた。怒ることもなく、機嫌も悪くなってない。もしかして、いつもこれで起こされているんだろうか?
とりあえず「おはよう」と返して、使わなかったまくら代わりの鞄を背負う。
起き上がって伸びをしていた愛川が、打海の存在に気づいたらしい。
「珍しいねっ!どうしたの?」
「帽子屋の旦那に銃口向けられてね」
けらけら笑ってるけど、言ってる内容はなかなか激しいぞ。
俺たちの準備が終わっても、打海は立とうとはしなかった。大きなあくびをして、俺たちに手を振る。
「んじゃ、おいらはちょっと寝るわ」
「ちょ、それは自殺行為なんじゃ・・・」
「打海なら平気だよ。チェシャ猫だもん」
応えてくれた愛川を見て、視線を打海に戻す。が、そこにはすでに姿がなかった。狐に化かされた気分って、こういうことを言うんだろうか?
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷