その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「『チェシャ猫』の打海笑太(うつみ・しょうた)です。以後、お見知りおきを」
その一言で一瞬にして理解する。
不思議の国のアリスだ。小さいころ、あの鼠が有名な米国企業のアニメで見た記憶がある。物語自体はほとんど覚えてないけど、とにかく女の子が異世界に行ってなんかする話だ。確か夢落ちだったと思うけど、今の俺も同じ状況ってこと?考えれば俺の力の名前もアリスだった。ついでに俺の名前も有須だけど、まあそこは置いておこう。
でも、あれにグリフォンだとか、売り子だとか、ましてやドラゴンなんて出てきたっけか?メイドだって記憶にないんだけど。
握手を交わそうかというところで、思い出したように、服部が再びステッキ型の銃を向けた。
「ああ、そうだ。チェシャ猫ならアリスの居場所、知ってるでしょ?」
穏やかな口調とやっていることに差があり過ぎる。ってか、戦争嫌いとか、硝煙苦手とか、平和っぽいこと言っときながら、すぐに銃を突きつけるなよ!
けどその前に。
「なんでチェシャ猫がその・・・アリスの居場所を知ってるんだ?」
「それは・・・」と言いかけた服部の口を、打海が銃のステッキをはじいてから、わざわざ両手でふさいだ。そのままこちらに振り返り、元々の裏のありそうな笑みとは違う、まざまざとした作り笑いを見せてきた。胡散臭いとはいえ、笑顔が得意そうなやつなのにな。
「か、勘ですよ、勘!おいらは勘が冴えてる方でしてね」
「ああ、能力じゃないのか」
この世界で何か特殊なことがあると、かなりの確実で能力だって言われるもんな。
打海の手をはたき落した服部が、彼の事をにらんだ。俺だったら凍りつく表情だけど、打海はへらりと笑う。
「非能においらの情報、あんまり流さないでくれない?」
「あれを隠す気があったとは、驚きだ」
「恥じらいってもんがあるんでね、一応」
にゃははと笑うところが猫っぽい。ただその会話、非能扱い中の俺の前で堂々としていいもんじゃねぇよな?もっとこそこそやるべき会話だよな?
ため息をついた服部が構え直そうとしたステッキを、打海が押さえつけた。むっとした帽子屋に、皮肉気な表情を向ける。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷