その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
嗤う猫
空はまだ深緑色だ。つまり夜中ってことである。夜は休戦協定があると聞いていた。眠るため、というのが第一らしい。が、なぜか今日の俺は夜中に目を覚ましたまま銃声を聞いている。可笑しくない?
「ちょ、ちょっと待って下さいって!」
銃弾を避けて転がり出てきたのは、一人の少年だった。濃いピンクの、ぼさぼさの頭が目立つ。鷲尾よりも輝いた黄色の瞳が印象的だ。なんかぶかっとした格好で、なんというか、漫画やアニメから飛び出してきたみたいな恰好をしてる。フードが膨らんでいることから、さっきまでかぶっていたんだろうなと思う。
少年の姿を見るなり、服部は大きく息を吐いた。
「なんだ、打海(うつみ)か」
服部が向きを変えると、打海と呼ばれた彼は、体勢を直して服に着いた赤い芝のような葉をパンパンと落とす。それからなぜか、俺の方をじっと見てきた。
何だ?
再び服部がこちらを向くと、彼は視線を元に戻した。
・・・何なんだ?
フードをかぶり直した彼は、へらへらと笑っている。フードにタートルネックって、結構顔が隠れるんだな。
「で、君が来るなんて珍しいね」
「帽子屋が三月兎、眠り鼠以外を連れて歩いている方が珍しいっしょ」
言い返せなくなったのか、服部は口をつぐんだ。相当閉鎖的な友好幅なんだな、三人は。狭く深くの交友関係の否定はしないけど、契約社会のここにおいては、なかなか珍しいタイプなんじゃないか?
杖の先っぽから出た硝煙をかき消すように、ぶんぶんとステッキを逆さにして振る。顔をしかめていることから、どうにも硝煙のにおいが嫌いらしい。戦争社会において、それもどうなのよ?
そこで思い留めたはずだったが、俺の口はたまに言うことをきかなくなるらしい。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷