その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「嫌だなぁ、常識じゃない?同じ人に仕えていれば、対象が必要としない場合、何の契約もいらないでしょ」
・・・え?
言われてみればそうだ。
俺のために、と言うときは契約に則ってたけど、鷲尾と宝亀もいちいちそんな型っ苦しいことはしていなかった。雉野と柳崎もそうだ。柳崎に従っている兵士たちもそうだった。こいつらが俺のことを非能力者だと思っていたのに契約を持ちかけてきたんだから、あそこにも契約があっていいはずだったんだ。命令に従うという契約をしていたとしても、彼女から兵士たちに何かを与えた様子はなかった。羊元の店だって、物々交換だけは経営なんてできないだろう。
つまり、従属は上下関係を生むだけでなく、従属し合うもの同士にも利益があるってことだ。いや、正式名称は「提供」だったっけ?でも解りにくいから従属でいいか。
確認しようと愛川の方を見ると、ばたりと横になって寝息を立てていた。電池切れのロボットみたいだ。人形のほうがまだ可愛さがあるかな。夢野や服部と同じく、彼女もまた「バッテリー切れ」が起こるようだ。
空はまだ深緑で、月は不気味なほどに赤い。寝転がって香る土のにおい以外は、慣れたとはいえやっぱり異世界だ。枕にしている通学カバンの臭さが、なんだか懐かしくて安心する。
「・・・俺、帰れんのかなぁ」
「何処にだ?」
低い声にびっくりした。見ると、垂れていた服部の頭が持ち上がっている。ホント、こいつも女子にキャーキャー言われそうな顔だよな。能力者って皆美形なの?
しかしまずいことを聞かれてしまった。気が緩んだんだろう。なんとかして誤魔化さなければ。
「あ、城にだよ」
どう繋がるんだよ、これ!もっと機転の利く人になりたいと、今以上本気で思ったことはない。
が、勝手に方向修正をしてくれた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷