その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
草むらの中を進んでいる間は、結局二人に追いつかなかった。幸い置いていかれなかったのは、草がガサガサと動いてくれたからだ。
手や顔を切らないように細心の注意をしながら、何とか草むらを出る。と、二人が待っていてくれた。今まで真っ赤な風景にいたからまだ良かったが、白と青の落ち着いた雰囲気の中に出ると、服部のカラーの異質さが浮き出している。やっぱないな、あの色合わせは。
「あ・・・悪いな」
ありがとうって言うのは、少し照れくさい。二人の優しさに感謝したつもりなのだが、当人たちはいぶかしげな顔をした。
「君を置いて行ったら、僕らが契約違反になるじゃないか」
「案内するって約束だもんねっ!」
・・・優しさだと思った俺がバカだった。所詮はそこだ。この世界に善意って本当にないのかな?それはなんだかとても寂しい気もするんだけど。
ステッキをくるりと回転させてから、服部が歩き出す。歩くのが速く、歩き慣れたばかりの俺には正直きつい。白い木の根っこに何度も躓き、五回目くらいのところで思いっきり転んだ。
「痛い」
とっさに出た言葉じゃない。なんかこう、たぶん疲れたんだと思う。その痛みによって、いまさら夢じゃないことに気付かされたみたいな感覚だった。
とはいえ置いていかれては困るので、立ち上がろうと地面に手をつく。上体を起こしたところで、目の前に細い手が伸ばされた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷