その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「お前がこっちの世界の常識を知らないように、オレもお前の世界の常識を知らない。だから、何が違うのかわかんねぇンだよ」
言われてみればそうだ。異文化理解の話を持ち出してみたって、相手の常識と自分の常識の何が違うのか、体験してみないとわからない。そして今両方の常識を体験しているのは俺だけで、この男は全然知らないんだった。それじゃあ聞かれない限り、解ることはない。
でもそこでふと思った。待てよ?俺はこの世界の説明を受けることは、「ミッション成功への最低知識」と考えていた。それが俺の常識だから。でも俺のわずかなこの世界の知識では、これも交換条件になるんじゃないだろうか?俺は恐る恐る聞いてみる。
「・・・もしかして、これも交換条件になるのか?」
「え?一つ目の質問それ?」
ぽかんとした顔をされた。俺は結構真面目に聞いたのに。それから彼は不機嫌になる。会ってから初めて見る表情だ。
「そんなケチじゃねぇよ。これはあくまでも必要最低知識の一つだ」
どうやら同じ考えだったらしい。とはいえ、結局交換とか提供とかその辺はいまいちつかめていないことが実感できた。それをそのまま伝えると、彼はなるほどと驚く。それからまた近場にあった枝を拾って、がりがりと何かを書き始めた。右の方にA、左の方にBとある。その間に、AからBへ、BからAへと進む二本の矢印。いったい何なんだろう?
「なんだ?それ」
「ちょっと待てって」
急かされた彼は、その図の上に「A=B」と書いた。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷