その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「あんなことを言われた直後に、そんな頼みごとをしてくるなんて、たまらないね」
たぶん「たまらない」の前には、「可笑しくて」が省略されていると考えるのが妥当なんだろうな。そしてバカにされてるんだろうな、きっと。
でも考えてみると自覚していたよりバカなことをしたんだと気付く。非能力者だと思われてるんだった。
つまり俺は、バカにされた後にバカにしたやつに対して契約を持ちかけたわけだ。笑い飛ばされても仕方ない気もしてきてしまった。
早く無かったことにしたくて、つい急かしてしまった。
「で、結局いいのかよ、悪いのかよっ!」
「いいともさ。条件は・・・そうだなぁ」
寝転がったまま、コップを片手に腕を組んだ。頭を頻繁に動かすので、すこし土のにおいも広がる。
「ね、ね、それさ、あたしでもいい?」
愛川、まさかの志願。しかも、テーブルの上を移動してきてるし。さすがに行儀が悪くないか?
言葉を失っていると、平然と鼻先が付くほどにまで顔を近づけてきた。ああ、愛川の目は茶色なんだな。安心する色で結構。
「いいけど・・・、道のりとか平気なのか?」
「弥生ちゃんは迷ったりしないよーっだ」
四つん這いでテーブルに乗っていたのに、とうとう立ち上がってしまった。行儀が悪いし、なによりスカートの中見えるぞ!「ちょっと」なら俺も男だしうれしいけど、こう堂々とされるとロマンも何もないじゃないか!
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷