その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「これ、食っていいものなのか?」
凄く美味しそうだし、めちゃくちゃ腹減ってるのは確かだから、食い物をくれるのは助かる。でも、こんな綺麗にセットされてるのに、本客が来る前に通りすがりが食べていいものだとは思えないんだ。
相変わらず顔を上げることはないが、答えてはくれた。
「いいよ。それは誰かのためであって、貴方のための物でもあるから」
・・・この子が使ってるのは、この世界の言葉か?知ってる単語だし文法も一緒だけど、俺の知ってる日本語の言い回しじゃない。それに、小学生がこんな難しい言い回しは知らないだろう。
ひねくれ者なのか?
ぐ〜
・・・また腹が鳴った。これだけ疑ってかかっているのに、正直すぎる腹の虫に羞恥心が込み上げてきた。今度は顔が真っ赤になるのが解る。
次の言葉が出て来なくなった俺を、じっと見つめてくる。相手もまた、言葉を発してくれない。切なくて恥ずかしいだけの沈黙が続く。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷