その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
いつの間にか森を抜けていて、目の前には見渡す限り真っ赤な草原が広がっていた。が、視界はゼロだ。まだここが森の中なのか、森の中の草原なのかは判別がつかない。なぜなら、宝亀に出会ったあの草原のように、異常な長さの稲っぽい植物が揺れていたのだ。気付けば奥には鍵守の守るあの扉が見えた。
・・・気のせいじゃない。思い過ごしでもない。戻ってきちゃったんだ。宝亀と出会った場所まで。
ふわっといい匂いが鼻に届く。そうだった。俺はこの匂いにつられてきたんだっけ。
また腹が鳴った。ああ、もう限界。屋根も見えないし、食い物があるってことは、きっと誰かがいるはず。選択肢は二色だし、その色も覚えた。紅白だ。その二色はこの世界では重大な意味があるのは何回も経験した。
誰かいれば、絶対に城の場所を知っている。
俺はそう確信する。自分ひとりの力で行くのは無理だ。
まずは襟を立てた。それから第三ボタンまで外して、代わりに肘まで引っ込める。不格好だけど、これなら手や頬が切れることはない。この間切れた傷はちょっとだったからもう消えたけど、よそ者であることを隠すためには、血を見られてはまずいんだ。一度下した鞄を頑張って背負い直す。意外とキツいぞ、この体勢。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷