その穴の奥、鏡の向こうに・穴編
「空から来たでしょ、羽もないのに」
自分でもすっかりと忘れていた。そうだ、俺は『空から』落ちたんだ。ハッとする俺をよそに、彼は枝をどんどん折りながら話し続ける。もう特に目的もないようだ。
「君の世界じゃ、人が空から降ってくるのは茶飯事かもしれないけど、こっちは異質なもんでね」
「いや、それは確かに、日本であっても異質だ」
思わず納得してしまった。つまり異質なのは、こいつじゃなくて俺の方。ってことは・・・
「ここ、マジで異世界なのか・・・?」
「お、やっと認めた?」
もう折れなくなるほどに小さくなった枝を、彼は立ちあがって踏みつけた。枝なのにそれはパキパキと乾いた音を立てて、粉々に砕け散る。水色の葉と言い、赤色の草と言い、冷静になれば日本であるわけがないものばかりであふれていた。
ここを異世界だと認めると、今度は一つの問題が浮かび上がってくる。
――どうやって帰ればいいんだ?
空高くまで上がる方法はない。なぜなら俺には羽もないし、俺自身が飛行機や気球の免許を持っていないからだ。空から帰る以外に方法も思いつかない。
俺が難しい顔をして悩みこんでいると、彼が胡坐をかいている俺の膝をトントンと突いてきた。顔を上げると、何か含んだ笑顔をこちらに向けてきている。
作品名:その穴の奥、鏡の向こうに・穴編 作家名:神田 諷